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最高裁判所第一小法廷 平成5年(オ)1164号 判決 1997年6月05日

上告人

株式会社一越

右代表者代表取締役

高野美枝子

右訴訟代理人弁護士

本田敏幸

被上告人

右代表者法務大臣

松浦功

右指定代理人

大竹聖一

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人本田敏幸の上告理由について

一 譲渡禁止の特約のある指名債権について、譲受人が右特約の存在を知り、又は重大な過失により右特約の存在を知らないでこれを譲り受けた場合でも、その後、債務者が右債権の譲渡について承諾を与えたときは、右債権譲渡は譲渡の時にさかのぼって有効となるが、民法一一六条の法意に照らし、第三者の権利を害することはできないと解するのが相当である(最高裁昭和四七年(オ)第一一一号同四八年七月一九日第一小法廷判決・民集二七巻七号八二三頁、最高裁昭和四八年(オ)第八二三号同五二年三月一七日第一小法廷判決・民集三一巻二号三〇八頁参照)。

二  本件訴訟において、上告人は、昭和六二年一二月九日に有限会社藤沢金型から、同会社のエヌオーケー株式会社に対する(1)弁済期を同月二六日とする売掛代金債権九〇九万二二二〇円及び(2)弁済期を昭和六三年一月三一日とする売掛代金債権二七四万五三四〇円の合計一一八三万七五六〇円の債権(以下、(1)の債権を「売掛代金債権(1)」といい、(1)(2)の債権を併せて「本件売掛代金債権」という。)を譲り受けたと主張しているところ、原審の適法に確定した事実は、次のとおりである。

1  藤沢金型は、本件売掛代金債権を有していたところ、これには譲渡禁止特約が付されており、上告人は、昭和六二年一二月九日当時、本件売掛代金債権に譲渡禁止特約が付されていたことを知っていたか、そうでないとしても、右特約の存在を知らないことにつき重大な過失があった。

2(一)  藤沢金型は、同月一〇日、エヌオーケーに対し、本件売掛代金債権を上告人に譲渡した旨の債権譲渡の通知をした。

(二)  平塚社会保険事務所長は、同月一一日、本件売掛代金債権に対して滞納処分による差押えをした。

(三)  日産モーター株式会社の申立てにより、同月二一日、本件売掛代金債権に対する仮差押えの執行がされた。

(四)  藤沢税務署長は、同月二二日、売掛代金債権(1)に対して滞納処分による差押えをした。

(五)  上告人の申立てにより、昭和六三年一月一一日、藤沢金型を債務者として本件売掛代金債権に対する差押えがされた。

3  エヌオーケーは、同月二九日、本件売掛代金債権につき、真の債権者を確知することができず、かつ、滞納処分による差押えと強制執行による差押え等が競合したことを理由として、民法四九四条及び滞納処分と強制執行等との手続の調整に関する法律二〇条の六第一項を根拠法条とするいわゆる混合供託をした。エヌオーケーは、その際、藤沢金型から上告人への本件売掛代金債権の譲渡を承諾した。

三  右事実関係の下においては、仮に上告人の主張するように、昭和六二年一二月九日に上告人が藤沢金型から本件売掛代金債権の譲渡を受けたものであるとしても、上告人は、右当時、本件売掛代金債権の譲渡禁止特約の存在を知り、又は重大な過失によりこれを知らなかったのであるから、右譲渡によって本件売掛代金債権を直ちに取得したということはできない。そして、本件売掛代金債権に対して、同月一一日に平塚社会保険事務所長により、同月二二日に藤沢税務署長により滞納処分による差押えがされているのであるから、エヌオーケーが昭和六三年一月二九日に藤沢金型から上告人への本件売掛代金債権の譲渡に承諾を与えたことによって右債権譲渡が譲渡の時にさかのぼって有効となるものとしても、右承諾の前に滞納処分による差押えをした被上告人に対しては、債権譲渡の効力を主張することができないものというべきである。

したがって、右と同旨をいう原審の判断は是認することができる。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、すべて採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官高橋久子 裁判官小野幹雄 裁判官遠藤光男 裁判官井嶋一友 裁判官藤井正雄)

上告代理人本田敏幸の上告理由

原判決は、次の二点において誤りを犯しており、それ故判決に影響を及ぼすこと明なる法令の違背あることを、上告の理由とする。けだし、右二点の誤りがなくば、上告人の主張が認定されるからである。

第一点は、「上告人が、本件売掛代金債権につき、本件譲渡禁止の特約が付されていたことを知っていたか、そうでないとしても、右特約の存在を知らないことにつき重大な過失があった」旨認定したことであり、

第二点は、譲渡禁止特約ある、指名債権の譲受人が、右特約の存在することを知り、あるいは重大な過失によりこれを知らないで譲り受け、右譲渡につき第三者に対する対抗要件を具備した場合において、債務者がその譲渡につき承諾を与えたときは、債権譲渡は譲渡の時に遡って有効となるが(最高裁判所昭和五二年三月一七日第一小法廷判決・民集三一巻二号三〇八頁)、と判示しながら、その場合「その対抗力は、譲渡の時まで遡及するものではなく、承諾の時まで遡及するにとどまるものと解すべきである」と認定したことである。

以下論述する。

第一 本件譲渡禁止の特約について、上告人に、悪意もしくは重大な過失があったとの認定について

一 原判決は、右認定をする根拠として「上告人は登記簿上高野美枝子が代表取締役となっているが、その実質的経営は、取締役本戸徳一あるいは山ノ井が主宰していること。

本戸徳一は、藤沢金型とエヌオーケー間の前記基本取引約定書の交付を受けこれを見ていること(これは誤りである。本戸徳一は、一審尋問の際、控訴人代理人から、このようなもの見たことはありますかと示されて、ハッキリしないが、見たかも知れません旨、ボンヤリ答えただけであり、基本約定書なるものなど、藤沢金型からも、エヌオーケーからも見せられていないことは、甲二九号証一審山ノ井の供述、その他弁論の全趣旨から明白である)上告人は、本件売掛代金債権の譲渡を受けたと主張する、昭和六二年一二月一〇日より後である、昭和六三年一月一一日、更に右債権の差押えをしていること、上告人は、登記簿上金融を営業としていないが、スペーステック株式会社に対し、多額の貸付を行ない、本戸徳一はかつて金融機関に勤務したことがあり、個人として約二〇年間金融業とし、また、山ノ井も、倒産した日本スペーステックテクノロジィの債務整理や多額の債権回収の手続に関わった経験をもつこと、藤沢金型は、エヌオーケーの外、日本バーンディ株式会社及び、日本プレス工業株式会社との間で、金型製造委託の取引基本契約書を交わしているが、右各契約書においても譲渡禁止の特約が存在していることが認められる」(以上を単に「第一認定事実」という)とし、右事実によると「上告人は、本件売掛代金債権につき、本件譲渡禁止の特約が付されていたことを知っていたか、そうでないとしても、本戸徳一あるいは山ノ井の経験や解約当事者間の信頼関係が要求される金型製造委託契約の性質に鑑み、上告人は、本件売掛代金債権に、譲渡禁止特約が存在することを容易に予見することができるから、藤沢金型あるいはエヌオーケーに対し確認すべきであったものであり、これを怠り右特約の存在を知らないことにつき重大な過失があったというべきである」(第二認定事実という)というのである。

二 しかしながら、右認定は明らかに自由心証主義ないし経験則に違反する違法なものたるを免れない。

1 まず指摘されるべきは、前記第一認定事実が認められるとしても、それ故に第二認定事実が認められるとは、吾人の経験則に照らしても、とうてい言えないのである。明らかに何らかの先入観が入り込んでいることになる。

(一) 上告人は、藤沢金型から本件売掛代金債権を(以下「本件債権」という)を譲り受けるに当り、本件譲渡禁止の特約(以下「特約」という)あることは、全く知らなかったし、その認識すらなかった。

(二) しかも上告人は、本件債権を譲受けるに当り、藤沢金型から特約について全く知らされていなかった。藤沢金型にしてみれば、特約を知らせれば、融資を受けられない恐れがあるので、知らせないことは当然である(これぞ、経験則である)。

(三) 一般に債権の譲渡は自由であり(民法第四六六条一項本文)、例外として譲渡禁止の特約ありとしても、それは、当該債権が暴力金融などに回されることを防ぐためであり、通常の取引においては、債務者は譲渡禁止を盾に取ることはなく、まして、倒産整理のときなど整理が普通に行なわれている限り、譲渡禁止を持出す債務者はいないこと。

それ故にか本件事件の場合にもエヌオーケーも、特約を何ら問題にしていなかったことは、証拠上も明らかである。

(四) 本戸徳一が金融機関に二〇年もいたことや山ノ井の倒産整理の経験からは、かえって特約の問題は認識しないのが経験上明らかであること。

(五) 藤沢金型との間は日本バンディとも譲渡禁止の特約を結んでいたとしても、上告人は、全く知る由もないこと。これは、本件裁判になって初めて明らかにされたものである。

(六) もし上告人が特約について知っていたならば、債権の譲受けをするに当り、直ちにエヌオーケーにその旨の承諾を求めたはずであること、なぜなら、上告人は、債権の実効ある回収に必死であったからであり、それこそ、債権回収の経験則上、他の債権者も債権回収に必死であるから、法的知識がある限り、その手立ては早く打つべきは、当然だからである。しかし、上告人は、特約について全く知らなかったが故に、譲渡の通知をしただけで、済ませていたにすぎなかった。

(七) 上告人が、譲渡の通知後に更に本件債権に前記差押をなしたことが、どうして、特約の存在を知っていた根拠となるのであろうか。

一審判示の通り、念の為、差押えたに過ぎないのである。

(八) 以上具体的に重点的な指摘をしたが、いずれにせよ、第一認定事実イコール第二認定事実とならないことは明らかである。

2 前記第二認定事実の内容も誤りである。

(一) 本戸徳一あるいは山ノ井の経験からして、特約の存在を容易に予見することができるというが、前記1でも述べた如く、容易に知ることは困難なのである。かえって、経験則によれば、特約は認識しないのが普通である。

(二) 契約当事者間の信頼関係が要求される金型製造委託契約の性質に鑑み、というが、契約当事者間の信頼関係が要求されるのは、ひとり金型委託契約のみに限ったことではなく、あらゆる当事者間に要求されることであって、こと更本件特約の有無に限ったことではない。原審によると、当事者間の特約を知らないことは、何でもかんでも重大な過失となってしまうのであろう。上告人と藤沢金型にも信頼関係が基礎になっているのであり、その信頼関係を藤沢金型により裏切られたのが、上告人なのである。これをも、原審は、重大な過失というのであれば、重大な過失と過失との区別は、無きに等しくなってしまうであろう。

(三) 上告人は、藤沢金型を信頼し、再建をも考慮し、融資を実現し、債権の回収に努力したが、特約につき何ら知らされず、譲渡の通知がエヌオーケーに到達してからも、エヌオーケーからは特約に基く異議は全く受けなかった。

(四) それ故、特約につき、藤沢金型にもエヌオーケーにも上告人が確認をしなかったとしても、それが重大な過失になるのであろうか。上告人には過失すらもないというべきであるが、仮に少なくとも過失ありとしても、重大な過失では、断じてあり得ない。原審判断によると、第一認定事実イコール第二認定事実となってしまい、知らなかったこと即重大な過失となってしまう。それでは民法第四六六条二項但書の解釈として、重大な過失と過失とを区別した意義を全く無視することとなる。原審判断は、この点においても大きな過ちを犯している。

(五) 仮に上告人に特約を知らなかったことにつき、重大な過失がありとするためには、原審が認定した事実だけでは全く足りず、その他に右認定事実以外に特別の事情が加味されなければならない。例えば、上告人が、かつて藤沢金型と債権譲渡の経験をしたことがあり、そのとき特約の存在についても経験したことがあるとか、債権回収の手続きの中で、譲渡禁止の特約を盾に取られ、債権回収が困難となったとか、エヌオーケーから何らかのサジェスチョンを得たとかなどの事情があれば、あるいは、上告人が本件債権の譲受けるにあたり、特約の存在を知らなかったとしても、重大な過失ありとされてもやむを得ないかも知れない。

(六) しかしながら、本件事件においては、甲二九号証など弁論の全趣旨によっても、上告人が藤沢金型から本件債権を譲受けるに当り、特約の存在を知らなかったとしても、重大な過失ありとは、とうてい言えないのである。

原審判断は、誤りである。

三 以上の次第で、上告人は、本件債権の特約につき善意で知らなかったものであるから、エヌオーケーは特約の存在を上告人に対抗しえないのであるから、次の第二点の特約に関する承諾の効力を問題にするまでもなく、原審判決は破棄され、上告人の主張が認容されるべきである。

しかし、念の為、第二点についても以下論ずることとする。

第二 承諾の対抗力は、承諾の時点まで遡及するにとどまるとの認定について

一 原審は「譲渡禁止の特約のある指名債権の譲受人が、右特約の存在することを知り、あるいは重大な過失によりこれを知らないで譲り受け、右譲渡につき第三者に対する対抗要件を具備した場合において、債務者がその譲渡につき承諾を与えたときは、債権譲渡は譲渡の時に遡って有効となるが(最高裁判所昭和五二年三月一七日第一小法廷判決・民集三一巻二号三〇八頁参照)、その対抗力は、譲渡の時まで遡及するものではなく、承諾の時まで遡及するにとどまるものと解すべきである」として、上告人を敗訴させている。

二 しかし、右判断は、債務者の承諾の効力が、譲渡禁止の特約の解消の効力しかないのに、それ以上の第三者に対する対抗力まで与えた点において、法令解釈の誤りを犯している。

すなわち、譲渡禁止の特約(以下単に「特約」という)は、債務者と債権者間の内部関係の問題であり、その特約の解消も単に債務者と債権者間の内部関係の問題である。

ところで、当該債権が第三者に譲渡され、その第三者が当該債権の権利者として、債務者その他の第三者に認められるかどうかが、すなわち「対抗力」の問題である。そして、その対抗力の認められる第三者たる権利者に対して、次に問題となるのが、その債権の原当事者である債務者と債権者間の内部関係である(民四六八条)。債務者は、承諾するときまでの当該債権の内部関係を、譲受け債権者に主張できることとなるのである。けだし、原当事者間の内部関係は、元々権利者として対抗力を有しない譲受け債権者には、主張する必要性が、はじめから存在しないからである。

2 かくして、原審は、特約の解消の問題は、原当事者間の内部関係の効力を権利者に主張しうるかの問題にすぎないものを、「対抗力」の効力の問題にした誤りを犯すというべきである。

3 原審が「その対抗力は、譲渡の時まで遡及するものではなく、承諾の時まで遡及するにとどまるもの」と表現すること自体の中にも、右誤りがあることが理解できる。

4 すなわち、債権譲渡は譲渡の時に遡って有効となるが、対抗力は、承諾の時に発生するというのであるが、債権譲渡が譲渡の時に遡って有効となるというその譲渡は、債権譲渡の通知が債務者になされることが前提となっているはずである(民法第四六七条一項)。けだし、もともと債務者に通知のなされない債権譲渡は、債務者にとって、何の意味をももたらさないからである。債務者に対抗力のある債権譲渡、従ってまた第三者に対しても対抗力のある債権譲渡が、有効になされたかどうかということが、特約に対する承諾の効力の問題なのである。

5 しからば、承諾によって、債権譲渡が譲渡の時に遡って有効となるということは、譲渡の通知がなされたときに遡って有効となることを意味するものでなければならないことになる。原審は、この論理必然性にも反し、明らかに法令の解釈及び前記摘示最高裁判例の解釈、適用を誤っているものというべきである。

6 要するに原審は、特約解消の承諾の効力の問題を(民法四六八条の問題)を、権利者確定の対抗力の問題(民法四六七条の問題)と混同するものであり、違法たることを免れない。

三 仮に「その対抗力は、譲渡の時まで遡及するものではなく、承諾の時まで遡及するにとどまるものと解すべき」としても、そうだとすれば、承諾がなされるまでの当該債権は、譲渡禁止の特約が生きているのであるから、その承諾までになされた他の債権譲渡はもとより、差押えを受けたりしても、その債権譲渡や差押の効力は、譲渡禁止の特約により無効となるべきである、それ故に、前記最高裁判所は、「指名債権につき譲渡禁止の特約が存することを知っている者にこの債権が譲渡された場合でも、債務者がこの譲渡を承諾したときは、右債権譲渡は承諾のときにさかのぼって有効となり、譲渡に対し譲渡人から債務者へ確定日付ある譲渡通知がなされている限り」「債務者は、この承諾後に債権の差押、転付命令を得た第三者の履行請求を拒否しうる(最判昭五二・三・一七民集三一―二―三〇八)」としているのである。譲渡通知後から譲渡承諾までの間に第三者の差押え等があった場合には、言及していないのである。

四 なお、本件債権の譲渡は、ひとり上告人に対してなされたのみでなく、他の第三者に対してもなされておるところ、エヌオーケーは、何ら特約を盾に取り異議を述べていない。このことは、エヌオーケーは、本件債権の譲渡通知を受けた時点において、特約の主張はせず、譲渡については承諾していたものと解すべきであり、その承諾の旨の事実は、後に供託の手続において明らかにしたにすぎないものと解すべきであるから、上告人に対する債権譲渡の承諾は、譲渡通知の日に黙示的になされたものと解するのが妥当である。

それ故、原審が承諾の効力を供託時と認定した点も誤りであるというべきである。

第三 結論

以上により、原判決には、事実誤認ないし法令解釈の誤りがあり、判決に影響を及ぼすこと明なる法令の違背があるので、これが破棄を求めて上告理由とする次第である。

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